【今日の学び】教会とお金

教会とお金

 教会と聞くと、「教会は神聖な場所であり、お金の話をするのはよくない」「教会は金勘定とは縁のない所」という印象を持っている人もいるかもしれません。しかし、教会も現実社会で活動し、存続するためには当然お金が必要です。聖職者も生身の人間であり、生活するためには費用がかかります。教会の建物などを維持するにもお金はかかります。
 そのため、教会員になると、寄付金とは別に毎月会員費を納めます。会員費は教会によって異なりますが、収入に応じて一定の割合を納める場合もあり、その際は収入を証明する給与明細等の提出を求められることもあります。子供もお小遣いの額に応じて会員費を納めます。そして、それらのお金の管理をするのも聖職者の仕事ですが、教会によっては運営が楽ではありません。
 キリスト教には様々な宗派がありますが、大きくカトリックとプロテスタントに分かれます。カトリックはバチカンを総本山とする巨大な一つの宗派で、世界中に信者が存在し、各地の教会から莫大な資金が集まります。その財力は一国の国家予算に匹敵すると言われ、バチカンにあれほどの美術品が集められるのもその力によるものです。
 他方、プロテスタントは新派とも呼ばれ、多数の宗派に分かれています。アメリカは、歴史的経緯から新派の信者が多く、新派の教会では、讃美歌にギターやドラムなどの現代的な音楽要素を取り入れています。教会を維持するためには信者を集める必要がありますが、昔ながらの讃美歌はアメリカ人にとって退屈で、人が集まりにくいためです。そのようなアメリカ人でも、カトリックと聞くと、”Oh! Powerful!”と言います。カトリックの巨大な勢力と財力を知っているからです。
 これらの話は、私たちの生活にも通じます。経済社会で生きていくためにはお金が必要であり、働く必要があります。大事なのは、その使い道です。
 「お金は羽を生やして飛んでいく」という言葉があります。人は余分なお金を手にするとそれに満足できず、むしろ欲を出して投資などで失敗しお金を失うという戒めです。
 誰もがいつか、この地球に別れを告げる時がやってきます。そしてその時、お金は一円たりとも持っていくことができません。高齢の方が多額の財産を寄付したという話を聞くことがあります。その方はこのことを真に理解し、お金の使い方を見つけたのでしょう。しかし、多くの人にとって「お金は沢山持っていても仕方がない」「必要な分だけあれば十分」と心から思うことは容易ではありません。
 それでも、ほんの少し、自分や家族のためではなく、社会や他者の幸福のために使ってみてはどうでしょう。お金は残りません。しかし、他者の幸福のために使うと、その行いと精神は残ります。

「今日の学び」に記す内容は、すべて生井利幸先生より日々賜る学術講義に基づき、弟子の私、竹内差世がまとめております。

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