- 自分を低くする
今から遡ること約2000年前、イエス・キリスト様には十二人の弟子がいました。その弟子たちにもそれぞれ弟子がいたため、イエス様のもとには相当数の人々が集まっていました。あるとき、弟子の一人がイエス様に尋ねました。「神の国で一番偉いのは誰ですか。」イエス様はその問いに対し、「子供のようになりなさい。子供のように純粋無垢になる者が、神の道を歩めるのです」と答えました。
この言葉には、「形に捕らわれるのではなく、子供のように心を清らかに、無にしなさい」「自分を偉く見せようとすればするほど人は離れ、低くすればするほど人はついてくる」という深い意味が込められています。
人間には、「自分を偉く見せたい」という性質があります。これは紀元前も、2000年前も、そして21世紀の今も変わらない、人間の良くない本性(ほんせい)です。
例えば、キリスト者が神に祈るとき、通常は人前では祈りません。祈りは人に見せるものではないからです。しかし、行事などで人前で祈る場合があります。そのとき、多くの人が「人から良く思われたい」という気持ちから、立派な祈りをします。ところが、たいていの場合、その祈りの内容とは裏腹に、日々の行いが伴っていません。これは聖職者であっても同じです。
自分を低くする。常に感謝の気持ちと謙虚な姿勢を忘れないことです。人は、口だけなのか、そうでないのかを見抜きます。立派な言葉を並べるより、日々の行いをしっかりとすること。理想を語るより、現実を踏まえて黙って行動すること。そうすると自ずと道は開けます。
「今日の学び」に記す内容は、すべて生井利幸先生より日々賜る学術講義に基づき、弟子の私、竹内差世がまとめております。
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