【今日の学び】人間は何のために勉強をするのか

人間は何のために勉強をするのか

 私たちは子供の頃から、周囲の大人に「勉強しなさい」と言われ続けて育ちます。しかし、「なぜ勉強するのか」という問いに、確かな信念をもって答えられる大人はどれほどいるのでしょう。
 日本では通常、小学1年生から勉強が始まります。子どもは単純で、親や先生に褒められたい(あるいは叱られたくない)、友達から「すごい」と言われたいといった願望から勉強します。これは自然なことです。小学生が「社会のために」「他者の幸せのために」と考えて勉強を始めることはまずありません。
 中高生になると、他者から認められたいという願望に加えて、入試に合格するという目的が加わります。その後大学生になっても、あるいは社会に出てからも、多くの人が何らかの勉強を続けますが、その根底にある動機は大きく変わりません。周囲から認められたい、資格を取得したい、昇進したいといった欲が、勉強の原動力になっているのです。ほとんどの人間が、一生涯、欲のために勉強し続けます。
 このことは、学問を専門とする研究者の世界でも変わりません。むしろ研究の世界では、名誉欲が常につきまといます。本来、学問とは“私”を離れ、真理を探究する営みであり、ある地点に到達したことを必ずしも公表する必要はありません。ところが、人は誰からも評価されないと、そこにやりがいを見出せなくなってしまうのです。
 しかし、学問とは本来、人間の幸福のために、社会や他者の幸せに寄与するためにあるものです。つまり、勉強の本来の目的は、自分の欲を満たすことではなく、人間社会の幸福追求にこそあります。
 もちろん、欲を完全に捨てることは簡単ではありません。それでも、人間には考える力があり、欲と向き合い制御する力があります。現実と理想を理解したうえで自分を横に置き、勉強も仕事も他者のために行い続けるとき、人は初めて本当の意味での喜びに触れ、本当の学びの道、つまり真の人間としての生きる道を歩き始めることができるのだと思います。勉強することは、人間が生きることそのものなのです。

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