【今日の学び】感じることの重要性

感じることの重要性

 哲学において、考えることは人間であることそのものであり、極めて重要な行為と位置付けられています。これを否定する人はいないでしょう。一方で、感じることが考えることと同様に重要だと言われることはありません。むしろ、理論や論理を重んじる世界では、感じることは考えることより軽視されがちです。しかし、人生経験を積むにつれて、感じることの意味や重要性が見えてきます。なぜなら、感じることによって考えることの道筋が作られるからです。
 人間は、自分以外の事物を見たとき、まず初めに感じます。何も感じることなく、いきなり考える人はいません。例えば、初対面の人に会った場合、「優しそうだ」「気難しそうだ」などと感じるでしょう。蛇を見た瞬間は「気持ち悪い」「怖い」と感じ、その後にどう行動するかを考えます。つまり、人間は考える際、まず感じ、その中から考えるための材料を選び取っているのです。
 最高裁判所の判事が判決文を書くとき、それまでの経緯や証拠、判例などを踏まえ、極めて理性的に理論と論理を組み立てます。「こう書く以外はない」というところまで理性を尽くして構築し、最後にその判決が正しいかどうかを感じると言います。そして、その最後に感じたことが真実であるとも言います。
 もちろん、誰もが最高裁判事と同じように判断できるわけではありません。人生経験も置かれた状況も異なり、感じ方も人それぞれです。また、感じたことが常に正しいとも限りません。しかし、人間が持つ「感じる力」には、私たちが想像する以上に本質・真実を感じとる力が備わっていることを、どこか頭の片隅に置いておくとよいでしょう。そして、何らかの岐路に直面し、考えて考えて考え抜いた末に、それでも迷いが残るときには、心を無にして静かに心の奥深くで感じたことにしたがってみるとよいのだと思います。



 ⇒過去の「今日の学び」はこちら

目次