- 「頑張らなくてよい」という仏教の教えに学ぶ
仏教には、清く美しく生きるための数多くの教えがあります。その一つである「頑張らなくてよい」という言葉は、しばしば「ゆったりしてよい」「無理をしなくてよい」と理解されます。しかし本来は、怠けることを勧める言葉ではありません。
そもそも「頑張りなさい」という価値観は、目標に向かって努力する姿勢を善とする、西洋における考え方から来ています。これに対して仏教の「頑張らなくてよい」は、西洋の価値観を否定するものではなく、我欲のための頑張りを戒める教えです。
人は時として、「評価されたい」「認められたい」という思いから、本来の実力以上に自分を良く見せようとし、見栄を張ったり嘘をついたりします。例えば、ミスを指摘されたときに言い訳をしたり、できもしないことを「やります」と言ったりすることがあります。しかし、どれほど取り繕っても、見る人が見ればすぐに分かります。見栄は実力が伴わなければ必ず破綻し、嘘はやがて自分に跳ね返ってきます。虚栄を保つために費やす時間や労力ほど無駄なものはありません。結局、後になって苦しむのは自分自身です。
こうしたことから、「頑張らなくてよい」という教えは、無理に背伸びして自分を良く見せる必要はなく、ありのままの自分として正しく生きなさいという意味になります。
大切なことは、他者からどう思われるかではなく、自分自身に正直であることです。今の自分を素直に認め、もし改善や向上を望むなら、そこから始めればよいのです。
人は自分が思うほど他人のことを気にしていません。もちろん社会で生きる以上、他者への配慮や気遣いは必要不可欠です。しかしそれは、自分を良く思ってもらうためではなく、一人の人間として他者に対する思いやりや愛情を基盤とすべきものです。
認められたいという欲を手放し、「自分は自分だ」と受け入れられるようになれば、人は自分らしく、自由に意気揚々と生きられるはずです。
「今日の学び」に記す内容は、すべて生井利幸先生より日々賜る学術講義に基づき、弟子の私、竹内差世がまとめております。
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