- 個人の尊重と人間の尊厳
「個人の尊重」と「人間の尊厳」。法律家や研究者でなければ日常的に使う言葉ではありませんが、書籍などで一度は目にしたことがあるでしょう。どちらも私たちにとって極めて重要な概念であるにもかかわらず、深く考える機会は多くありません。そのため、両者を同じ意味として理解している人もいます。しかし実際には、この二つはまったく異なる概念です。本稿では、その違いを整理し、現代における意義を考えます。
まず「個人の尊重」とは、日本国憲法にも掲げられているように、人間社会という枠組みの中で、一人ひとりを大切にし、互いの領域を侵さずに尊重し合うという考え方です。これは健全な近代社会の基礎を成すものであり、地球上の存在する各種の生命体の中から“人間という種”だけを取り出して考える、いわば横割りの視点に立っています。
一方、「人間の尊厳」はまったく異なる次元の概念です。こちらは、地球上のすべての生命体という大きな枠組み(生命の階層)の中で、人間をどのように位置づけるかという縦割りの視点に立っています。
万物の創造主(神)は、動く命をつくる前に植物などの自然環境を整え、次に水の中に命をつくりました。それが陸へ上がり、いろいろ分岐していったのです。神はいきなり自分の形に似た人間をつくったのではなく、段階的に進化させ、最後に人間をつくったと言われます。
地球の誕生が約46億年前、類人猿と猿人(人間の祖先)が分かれたのが約800万年前ですから、猿と人間の祖先が分岐したのはつい最近の出来事です。「人間は昔魚だった」というと笑う人もいますが、進化の過程を踏まえれば事実です。
中世の哲学者たちは、この生命の階層の中で人間の命が最上位に位置すると考えました。他の生命を食べて生きることが許されるのは、人間が理性を賦与された特別な存在だからであり、それに値する生き方をしなければならないと説いたのです。つまり「理性的に生きること」が人間に課された使命であるとされました。
AIが普及しつつある今、私たちは改めて「自ら考えるとは何か」「人間が生きるとはどういうことか」「人間の尊厳とは何か」を再び深く考える必要があります。
「個人の尊重」という横割りの視点と、「人間の尊厳」という縦割りの視点。この二つを区別して理解することは、AI時代における人間の在り方を考える上で、ますます重要になっています。
【関係する動画講義】「イタリア・ルネサンス期の哲学者、ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラが唱えた『人間の尊厳』」
「今日の学び」に記す内容は、すべて生井利幸先生より日々賜る学術講義に基づき、弟子の私、竹内差世がまとめております。
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