- 聖書と天秤
聖書は人類の英知の源泉であり、天秤は正義の象徴です。普遍的なものと地域的なものを並列することに違和感を覚える人がいるかもしれません。しかし、法学者にとって天秤は極めて大切なものです。
もし、地球上のすべての人間が善良であり、自らを律し続け聖書の教えにしたがって正しく生き続けることができるのであれば、法律は必要ないのかもしれません。しかし、人間は不完全な存在者であり、誰の心にも天使と悪魔がいます。どれほど高潔な職に就いている人であっても、間違うこともあれば悪い考えが頭をよぎることがあります。聖書のとおりに正しく生きることが必要と理解していても、実際にはそうできないのが人間です。
正義と平等の国であるアメリカの歴史にもこのことが如実に表れています。アメリカは多民族国家ですが、歴史的にキリスト教徒が多く、聖書の教えが社会に根付いています。それでも人間は過ちを犯します。
1776年のアメリカ独立から、1865年に南北戦争の終結時までの間、黒人はずっと奴隷状態にありました。ところが、実際には、それ以降も、黒人に対する差別は行われていました。昨日まで奴隷として扱っていた人間を今日から同じ人間といわれても、そうすることができなかったのです。そこで生まれたのが「白人は白人の学校、黒人は黒人の学校」という「分離されてはいるが平等」(‟separate but equal” rule)との考えです。
1896年、合衆国最高裁判所はこの「分離されてはいるが平等」という、州による黒人に対する分離政策の法理について、合衆国憲法第14修正には違反していないという判決を下しました。その後、1954年の最高裁判決でこの法理に対する違憲判決が下されるまでは、この法理は公然と憲法によって保護されていたのです。
聖書は普遍的な教えです。そして、それを実行するのは人間です。現実の社会において、社会を正義に導くもの――それが法であり、その象徴が天秤です。天秤は、法学者にとって単なる道具ではなく、正義を実行し守り続ける精神そのものを表しています。古来より法学が重んじられ、大学が法学部(あるいは法学校)から始まった理由もそこにあります。
【アメリカの黒人差別にかかる歴史、判例等についての参考文献】生井利幸先生著『話し方の達人・・・その、人を魅了する技術に学ぶ』(経済界、2003年)151ページ
「今日の学び」に記す内容は、すべて生井利幸先生より日々賜る学術講義に基づき、弟子の私、竹内差世がまとめております。
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