- 求める側と提供する側――異国の地での経験
近年、都心の街を歩くと、外国人観光客を見かけないことはありません。とりわけ銀座や築地といった観光地としても知られる場所では、日本人よりも外国人の方が多いのではないかと思うほどで、街の様相もここ数年で大きく変わりました。街角には小規模ホテルが増え、以前は日本のビジネスマン向けだった店が、訪日客向けの和食店や和スイーツの店へと変わり、その前には長蛇の列ができています。
外国の方が日本に関心を持ち、実際に来日して旅をすること自体は国際交流の観点から歓迎すべきことです。そして、せっかく日本に来たのであれば、日本文化の素晴らしさに触れ、何かを感じて持ち帰ってもらいたいと願うのはごく自然なことです。
しかし現実には、多くの人が “Maccha” といった単語だけを検索し、SNSなどの口コミを頼りに抹茶スイーツの店を訪れます。もちろん日本の食文化に興味を持つこと自体は悪いことではありません。ただ、その多くが、茶の湯の精神とはかけ離れた、単なる商業目的の店であることも事実です。ここには、求める側と提供する側の双方に問題が見て取れます。
経済社会において企業が利益を追求することは当然であり、それを否定するものではありません。しかし、抹茶を扱い、外国人をもてなすのであれば、日本文化の本質に触れてもらいたいという最低限の精神があってほしいものです。
同時に、求める側も「美味しければよい」という消費的な態度にとどまるのではなく、異国の地を訪れたからこそ、その国に息づく精神文化に触れ、自らの生の質を高める経験を求めてほしいと思います。
「今日の学び」に記す内容は、すべて生井利幸先生より日々賜る学術講義に基づき、弟子の私、竹内差世がまとめております。
⇒「今日の学び」一覧はこちら