- 人はなぜ覗き見をするのか
友人を家に招いた際、その場を少し離れている間に、断りなく書棚の本を手に取ったり、リビングの引き出しを開けたりされた経験はありませんか。逆に、自分が友人宅に招かれたとき、同様のことをしてしまった経験や、パートナーの財布を黙って見てしまったという経験はないでしょうか。こうしたことは、多くの人が多かれ少なかれ経験することです。
人は、どのように善良に見える人であっても、盗み聞きしたり、他人のものを覗き見したり、時には盗んだりすることがあります。とりわけインターネットが普及してからは、自分の身は安全な場所に置いたまま(匿名のまま)、他人の名前を検索して経歴等を調べるといった行為は、多くの人が経験しているでしょう。
これらは、実のところ”human nature”(人間の本性)に由来しています。”nature”には自然という意味のほかに、「本性」「本質」という意味があります。つまり、そのものが元々持っている本来の姿を指します。
この「他者のものを盗む」という行為は、人間に限った話ではなく、知能を持たない他の動物も行います。しかし、人間と根本的に異なるのは、動物は生きるために本能から盗むということです。イノシシが畑を荒らして芋や野菜を盗むのも、カラスがゴミを漁るのも、生きるために本能的に行っており、そこに悪意はありません。他方、人間は本能からではなく、そこには計算があります。人間だけが持つ知能をそのために使っているのです。
では、人間が盗むことと、他の動物が盗むことに大きな差はあるのでしょうか。実際、見るところから見ると、そこには僅かな差しかありません。ゴミを漁るカラスの姿と、他人のものを覗き見る人間の姿は、何ら変わらないのです。
「知らぬが仏」—— Ignorance is bliss.
人間のほとんどは、自分の本性を知らずに生きています。また、知った上で生きていくことは決して容易ではありません(かえって大変になります)。しかし、人間のみに賦与された知能は、決して覗き見をするためにあるのではなく、覗き見が良くないことであると理解し、それを自ら制御し、正しく生きるためにあります。そうすることで、自分自身の生の質も格段に高まるのです。
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