- バランスの重要性
ある学問分野においていかに秀でていようと、あるいはどのように優れた芸術家であろうと、広い視野で全体を見渡すことなく、狭い世界の中だけで活動していると、人は盲目的になりがちです。とりわけ、自分の実力以上に周囲から「すごい」と褒められたり、感謝され続けたりすると、「自分は特別な存在だ」と勘違いしてしまうことがあります。その結果、社会をバランスよく捉えることができなくなってしまうのです。
例えば「先生」と呼ばれる職業では、社会経験が十分でない段階から、「先生、先生」と呼ばれる環境に置かれることがあります。そうした場合、人によっては中身が伴っていないにもかかわらず、「自分は偉い」と思い込み、自己を過大評価してしまうことがあります。また、職業上、人類史に刻まれるような偉大な作品に日常的に触れ、拍手喝采を浴びると、あたかも自分自身がその作品を生み出したかのような錯覚に陥ることがあります。そして、そのような勘違いをしたまま十年、二十年と年を重ねると、次第にバランス感覚を失い、場合によっては自身の妄想の中に生きるようになり、それが奇妙な言動として表れることさえあります。
一方で、ノーベル賞を受賞するような人の多くは、授賞式の場において、自分を支えてくれた家族や同僚、そして社会への感謝を述べます。彼らは、今その場に立っているのは自分一人の力ではなく、多くの支えがあったからこそだということを理解しており、驕ることがありません。
ここで、研究者を志していたある大学院生の話を紹介します。服装も少し風変わりで、帽子から靴まで全身を赤で統一し、都心を散歩するような男性でした。あるとき、彼の一人暮らしのアパートを訪れた知人が、そのあまりの部屋の様子に驚き、指導教授に報告しました。彼の部屋には大量の書籍があり、本棚に収まりきらなくなった本が、コンセントを抜いた冷蔵庫の中にまで置かれていたというのです。この話を聞いた指導教授は、「君はそれだから駄目なんだよ」と諭したそうです。
何かを究めたいと願うとき、その対象と徹底的に向き合い、寝る間も惜しんで取り組む姿勢は重要です。そうした姿勢をなくして、物事を深く究めることはできません。しかし同時に、どのような状況にあっても、自分の立ち位置――すなわち、自分が何者であり、どこにいるのか――を見失わないことが必要です。常に全体を客観視し、謙虚な姿勢と感謝の気持ちを持ち続けること。それができれば、人としてのバランスを保ち、大きく道を踏み外すことはないでしょう。
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