- 余白の意味
書籍を手に取ったとき、「一頁に文字がたくさんある方がいい」「文字が少ない(余白が多い)と損だ」と考える人がいます。もちろん、書籍には、多くの情報を伝えることを目的としたものもあります。しかし、文芸作品の重さ・深さは、文字量では測れません。同じことは絵画作品にも言えます。
イタリアの画家であるカラヴァッジョの作品には、キャンバスの三分の一ほどが漆黒で塗られたものが見られます。そこには彼の強いこだわりがあり、深い意味があります。駆け出しの頃、彼はパトロンと呼ばれる出資者(貴族や教会等)からの依頼を受け、彼らが望む絵を描いていました。当時は絵画自体が高価なものであり、一般の人が自分のために絵を買うことはほとんどなく、どのように才能のある画家であっても、最初から独立した画家として生計を立てることは難しかったからです。しかし、才能を世の中に認められた後、彼は自分が描きたかった作品を残しました。彼の作品を観るとき、この黒の部分に言葉にはできない神秘的な世界を感じる人は多いでしょう。それは、キャンバスに描かれた意味のある余白だからです。
文芸作品における余白も同じです。特に、詩や格言などでは、その余白にも深い意味があります。それは単なる余白ではなく、文字と余白のバランスが織りなす一つの美しい芸術作品なのです。余白は、読者に余韻・余剰を与え、更なる深い思索の世界へと導いてくれます。
インターネットが普及して以来、手紙を書いたり、ゆっくり見開きで詩を読んだりして、文字と向き合う機会を持つ人が少なくなったように感じます。逆に、速読法のように、早く多く読むことが価値あることのように言われることすらあります。しかし、咀嚼することなく早く読んでも、何ら自身の中に残ることはありません。速読の無意味さは、速読ができる人ほど知っています。実際、新聞を読むことが仕事のような人は、速読などせず、赤線を引いたり書き込んだりしながら読んでいます。
情報が溢れる今の時代だからこそ、ときには静寂の中に身を置き、本を見開きにして、一晩中ゆっくりと、余白を含めて文芸作品の美しさ・深さを味わいたいものです。
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